アジャイルPMに要求されるEI

 アジャイルでは、開発チームが自律的な意思決定と創造的なアイデアを発想できるような環境を実現する必要があります。そのために、アジャイルプロジェクトマネジャー(PM)は、ウォーターフォール開発のように詳細な計画を事前に作り、それを開発チームに細かく指示して管理していくやり方ではなく、チームのやる気を引き出し、彼らの創造力を最大限発揮させ、 彼らが協力し合い、チームとして自律的に目標が達成できるよう支援します。 
 チームに人事的権限のないアジャイルPMが、このような役割を効果的に果たすには、開発チームがこの人なら信頼でき、この人と一緒に仕事がしたいと感じさせる高いレベルのEI(Emotional Intelligence:感情の知性)を持つ必要があります。高いレベルのEIを持った人は、相手との人間関係を良好に保ち、相手から信頼され、好ましい方向に導くことができます。
EIは、1990 年心理学者のピーター・サロベイ,ジョン・メイヤーによって初めて紹介され、1995年心理学者のダニエル・ゴールマンが「Emotional Intelligence:Why It Can Matter More Than IQ 」(1)というタイトルで出版し、世界的にベストセラーになり、大変有名になりました。日本では、EIは、EQ(Emotional Intelligence Quotient:心の知能指数)という表現が多く使われています。

 ダニエル・ゴールマンは、EIを「自己認識」「自己管理」「社会的認識」「社会的スキル」の4つに分類しています(2)。
 「自己認識」とは、五感で認知した刺激により生じた自分の感情を理解でき、自分を客観的に評価でき、確信をもって行動する能力で、「感情の自己認識」「正確な自己評価」「自己確信」の能力に分類されます。「感情の自己認識」とは、現在の自分の感情を意識的に読み取り、なぜその感情が起こっているかを理解し、感情と行動・言動の関係を理解し、自分の感情について率直に語る能力です。「正確な自己評価」とは、自分の強さ弱さを正しく評価し、経験から学び、フィードバックや新しい見方を素直に受け入れる能力です。「自己確信」とは、自分自身の考えを確信して表明し、自らの存在感を示して行動する能力です。

 「自己管理」とは、自分の破壊的感情や衝動を管理し,明るく前向きに共鳴させる能力で、「感情の自己コントロール」「誠実」「適応」「達成意欲」「率先垂範」「楽観」の能力に分類されます。「感情の自己コントロール」とは、衝動的感情や苦悩の感情をうまくコントロールし、厳しい状況でもクールにポジティブに捉らえて冷静に行動する能力です。「誠実」とは、自己に厳しく、自己に責任を持ち、まじめで心がこもった行動する能力です。「適応」とは、変化に柔軟に対応する能力です。「達成意欲」とは、グループまたは組織の目標を自らの目標を適合させ、達成することに強い意欲を持ち、リスクを計算した上で難易度の高い目標を設定し達成する能力です。「率先垂範」とは、チャンスを待つのでなく自ら積極的に作り出し、可能性を広げるために必要であれば慣例を打破し、いままでにない独創性に富む方法で相手を動かす能力です。「楽観」とは、失敗を恐れず、成功を信じて行動し、障害や問題を乗り越え目標達成に粘り強く取組み、成功に向かって行動をする能力です。

 「自己管理」とは、自分の破壊的感情や衝動をうまく管理でき、明るく楽観的エネルギーを出し,前向きに共鳴させることができる能力で、「感情の自己コントロール」「誠実」「適応性」「コミットメント」「楽観性」からなります。「感情の自己コントロール」とは、衝動的感情や苦悩の感情をうまくコントロールすることができ、厳しい状況でもクールにポジティブに捉らえて冷静に行動ができる能力です。「誠実」とは、自己に厳しく、自己に責任を持ち、まじめに真心がこもった行動ができる能力です。「適応性」とは、変化に柔軟に対応できる能力です。「コミットメント」とは、グループまたは組織の目標を自らの目標を適合させ、達成することに強い意欲を持ち、リスクを計算した上で難易度の高い目標を設定し達成する能力です。「楽観性」とは、失敗を恐れるのでなく成功を信じて行動し、障害や問題を乗り越え目標達成に粘り強く取組み、成功に向かって行動をする能力です。

 「社会的認識」とは、相手の感情、ニーズ、関心を共感的に理解し、組織の文化的政治的な環境を正確に読み取り、適切に対応する能力で、「共感」「組織認識」「サービス志向」の能力に分類されます。「共感」とは、相手の話をよく傾聴し、共感的に感情を読み取ることができ、相手の視点で考えやニーズを理解する能力です。「組織認識」とは、組織の文化や価値観、暗黙のルール、政治的な力関係、場の雰囲気を読み取る能力です。「サービス志向」とは、相手のニーズを理解し、満足させるよう対応する能力です。

「人間関係管理」とは、相手との関係を良好に保ち、相手から信頼され、協力を得る能力で、「ビジョンのあるリーダーシップ」「育成」「影響力」「コミュニケーション」「コンフリクト・マネジメント」「チームワークと協調」の能力に分類されます。「ビジョンのあるリーダーシップ」とは、ビジョンを明確にし、相手を奮い立たせ導いていく能力です。「育成」とは、相手の能力開発ニーズを理解し、フィードバックや指導によって相手を育成する能力です。「影響力」とは、効果的な説得方法で相手を自主的に動かす能力です。「コミュニケーション」とは、相手にオープンに耳を傾け、説得力のあるメッセージを伝える能力です。「コンフリクト・マネジメント」とは、意見不一致をWin-Winになるよう解決する能力です。「チームワークと協調」とは、共通のゴールに向けて一緒に仕事を進める能力です。

 高いレベルのEIを持ったアジャイルPMは、アジャイル開発プロジェクトにおいて以下のような効果をもたらします。
 ・開発チームや顧客との関係強化により信頼され、彼らを好ましい方向に導ける
 ・開発チームをやる気のある自己組織的チームに育成する
 ・開発チームの困難な状況にも冷静に察知し、ポジティブで明るい雰囲気を作り出す
 ・開発チーム内で発生するコンフリクトを察知し、Win-Winの解決策に導く

 EIは、IQ(知能指数)が生まれつきの要素が多いといわれているのに対して、訓練により能力が確実に向上することが実証されています(3)。EIを 強化する方法(4)を簡単に述べます。まず,研修,書籍やインターネットなどによりEIについて学習します。次に現在の自分のEI のレベルを、EI簡易自己評価表などを使って「自己認識」「自己管理」「社会的認識」「人間関係管理」の能力レベルを自己評価し、自分のEIの強みと弱みを把握します。この評価結果を基に、どの能力をいつまでにどのように強化改善していくかの実施計画を立てます。実施計画は日常の活動の中に組み込み、日常活動の中でEIを利用した結果の感情や行動の動きを日々記録し、振り返ります。決められた実施期間が経った後に、EIのレベルを再評価し、実施方法をレビューして次の目標と実施計画を決め、EIの継続的向上をはかっていきます。
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参考資料
(1)Daniel Goleman:“Emotional Intelligence:Why It Can Matter More Than IQ”,BantamBooks(1995)
(2)Daniel Goleman, Richard Boyatzis, Annie Mckee:“Primal Leadership”HarvardBusiness School Press,PP.39(2002)
(3) Bar-ON, J. G. Maree, Maurice Jesse Elias:“Educating people to be emotionally intelligent”,P199-P210,Praeger,(2007)
(4)PMハンドブック編集委員会:「プロジェクトマネジメントハンドブック5編1章4節『EQリーダーシップ』」,PP.538-539,オーム社

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