アジャイル採用の不安は解消できるか

 「アジャイルは、ウォーターフォールに比べ、生産性、品質、コスト、タイムツーマーケット、顧客満足、社員満足で優れている」という調査結果をVersionOne社などで公表している。その結果が示すように欧米ではアジャイルの採用は当たり前になっている。一方、日本では以下に述べるようなアジャイルに対する不安があり、アジャイル採用の妨げとなっていると思われる。アジャイルの価値やフレームワークを理解し、これらの不安解消が進めば、アジャイル採用は増えると期待される。

 ・「ウォーターフォールからアジャイルへの組織文化の変化への不安」
  ウォーターフォールの文化では、管理と規律が重視された行動が奨励され、アジャイルでは、自由で柔軟性に富み革新的な行動が奨励される。したがってウォーターフォールからアジャイルへ変革は大きく組織文化が変わることを意味する。そのためいろいろな組織や個人から抵抗されることが予想され、アジャイル採用の最大の障害になる可能性がある。これに対応することは非常に難しい。まずイノベーションが要求される環境下では、ウォーターフォール文化の危機感を持ち、企業トップの変革への強い決意とコミットメントが必要である。そしてアジャイルによる変革の必要性、メリット、課題、進め方などのアジャイル採用のビジョンと戦略を描き、全社に啓蒙活動を頻繁に行って理解を求める。さらに、小さく始めて大きく育てる方法でパイロットプロジェクトを選択し、成功させることである。情報の透明性を保ち、継続的に改善しながら成功プロジェクトを積み上げていくことが、不安解消につながる。

 ・「アジャイルの大規模プロジェクトに対する不安」
  アジャイルが、小規模プロジェクトで成功した要因である小さなチーム、同一場所、顧客の参加が、必ずしも大規模プロジェクトには当てはまらないので、大規模プロジェクトでは小規模プロジェクトのように成功しないのではないかと不安を持つ人がいる。しかし、大規模プロジェクトに対するフレームワーク、コミュニケーションツールやアジャイルツールをうまく使うことなどにより、上述した成功要因を大規模プロジェクトでも適用可能となった。ウォーターフォールとアジャイルのそれぞれの良さを取り込んだハイブリッドの採用も含め大規模プロジェクトの成功事例が沢山報告されている。

 ・「アジャイルの分散開発環境での使用に不安」
  分散環境では、アジャイルの良さを効果的に引き出す同一場所での開発が不可能であるが、ネット技術、コミュニケーションツールやアジャイルツールを効果的に利用し、バーチャルであるが同一場所で開発しているのと同様の環境を提供することが可能である。特に米国とインド間、米国とブラジル間などアウトソースを含む分散環境でのアジャイル開発は多く実施されている。

 ・「PMBOK®ガイドのアジャイルサポート不安」
  PMBOK®ガイド第4版までは、アジャイルに関する明示された記述はなかったので、不安を感じている人やPMBOK®はウォーターフォールのみをサポートしていると誤解している人が多くいた。しかし、PMBOK®ガイド第5版およびPMBOK®第5版ソフトウェア拡張版にアジャイルがアダプティブ・ライフサイクルとして明確に記述され、その不安は解消すると思われる。

 ・「アジャイルの品質管理に不安」
  アジャイルでは、ペアプログラミングなどの共同作業、継続的な結合、テスト駆動開発、自動テスト、顧客との協調開発による要求の的確な把握、製品のテスト結果の顧客レビュー、フィードバック等の方法により、ウォーターフォールより高い品質の製品を作り出す仕組みがある。

 ・「アジャイルの要求定義に不安」
  アジャイルでは、要求事項をウォーターフォールのように事前にすべての要求の詳細を確定しなくてよいので、その点を心配したものと思われる。アジャイルでは反復サイクルごとに反復が始まる前までにそのサイクルに必要な要求だけを詳細にすればよい。事前にすべての要求を確定するウォーターフォールと比べて開発途中でも要求を定義し要求変更に対応できるので、より顧客の要求に合った要求定義ができ、むしろ要求定義の品質は高いと考えられる。

 ・「アジャイルの固定価格契約に対する不安」
アジャイルの契約はタイムアンドマテリアル契約がフィットするが、固定価格契約に関しては顧客からの強い要望であるので、対処する必要がある。筆者は、これに対する案として次の2つの方法を提案したい。要求に優先順位を付け、高い優先順位開発中に出てきたら低い優先順位の要求を止める場合に限ってそれを可能とするよう変更管理に関する付則をつける方法やバッファー付きの固定価格契約などが考えられる。バッファー付きの固定価格契約とは、事前に定義された要求をベースに作業量を見積もり、その開発コストを固定価格とし、追加の要求や要求変更に対応するためのコストをバッファーとして見積もり、リスク予備価格を設定し顧客と合意する。

 ・ISO9001やCMMIへの適合性に対する不安
  「品質を向上して、顧客満足の向上を図る」という理念は、アジャイル(スクラム)も同じであるので適合するのは容易である(1)。ISO9001やCMMIに対応する品質マネジメントシステムに変えていくために、アジャイルの良さをできるだけ損なわないよう、レトロスペクティブの活動を強化し、漸進的に進めることである。
                                                                以上
参考
 (1) Mike Cohn,Succeeding with Agile,Addison Wesley,2011,P397-400
寄稿者
 竹腰 重徳
大阪大学工学部卒業、マツダ、日本IBMを経て、(株)アイネット。主にIT関連企業を対象にプロジェクトマネジメント、業務知識、アジャイル、営業、経営品質向上プログラム、リーダーシップ等の研修コース開発や講師やコンサルを担当。北海道大学非常勤講師や板橋経営品質賞審査員を歴任。著書としては共著でオーム社のプロジェクト・マネジメント・ハンドブック(EQリーダーシップ)。PMP®、PMI-ACP®、TMS検定4級(トヨタ)、メンタルヘルス・マネジメントⅡ種検定(大阪商工会議所)。
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