「今この瞬間」を生きる                                   竹腰重徳

 この世界が実在するのは、「今この瞬間」しかありません。過去も未来も人間が創り出した概念であり、過去も未来も実存はしないのです。この世界は「今この瞬間」の連続で成り立っています。過去の時間軸における「今この瞬間」が積み重ねられた結果が現在であり、「今この瞬間」の行いの連続が未来を創っていきます。実際に触れて、感じることができるのは、「今この瞬間」しかありません。昨日、同僚と打ち合わせをしたという過去があったとします。でも、それは過ぎ去ってしまえば、もはや頭の中の空想の世界です。過去は、実際に触れることができない世界なのです。また、まだ起きていない未来のことにあれこれ不安を感じたりして生きています。未来も空想の世界で実際に触れることができないのです。
 このように私たちは往々にして頭の中で過去にとらわれ、未来の不安に思いをはせるあまり、「今この瞬間」を犠牲にしがちで、実際に「今」起きていることについては、ほんの少ししか自覚していません。ただし、「今この瞬間に意識して集中すること」は「未来を考えないこと」ではありません。私たちは、不安解消のため未来への構想や目標を「今この瞬間」に集中して思考し行動することにより、「今この瞬間」の連続をより良い方向に軌道修正させることが可能です。問題なのは未来の不安の解決策を考えずに、ただ心が不安にとらわれて「今この瞬間」を失うことです。

私たちは、「今この瞬間」を十分意識しないために、多くの貴重な瞬間を失っています。この無自覚さが私たちの心を支配し、やることにすべて影響を与えるのです。私たちは、自分でしていることを十分に自覚しないまま、多くの時間を習慣的に生きていることを「自動操縦状態」といい、多くの貴重な「今この瞬間」の時間を失っています。私たちは、日常、歩いたり、食事をしたり、テレビを観たり、仕事をしたりしている時、自分ではそのことに集中しているつもりでも、案外、他のことを考えながら生きているのです。これは、心と身体が別々のことをしているということで、「今この瞬間」の目の前のことに集中できていないということでもあります。だからこそ、自動操縦状態にいることに気づき、意識的にそこから離れることができるようになることが大切です。自動操縦状態の習慣から抜け出すためには、刻々動く「今この瞬間」に、自分の注意がどこにあるのかを意識して行動できるようになる必要があります。そのための訓練としてマインドフルネスが役に立ちます(1)。

 マインドフルネスは、「今この瞬間」起こっている体験に意識して注意を集中する訓練をします。「今この瞬間」起こっている体験の対象は、何でもいいのですが、呼吸は、私たちは生きている間、絶え間なく息を吸ったり、吐いたりしていますので、いつでも利用できる対象としては最適です。
 椅子に座り、背筋をまっすぐに伸ばし、肩の力を抜いてリラックスして自然な呼吸をします。吸ったり吐いたりする感覚に注意を集中してしばらくすると、意識は呼吸から離れ、過去のことや未来のことを考えたりして心に思考や感情が生じてきます。そのようなことが起きること自体は、自然なことで、悪いことではありません。訓練は、生じた思考や感情に気づき、やさしく呼吸に意識を戻します。心が呼吸から離れて他のことを考えるたびに、それに気づいて呼吸に注意を引き戻すのがあなたの仕事です。呼吸は、人間のすべての活動において行われる基礎となる活動です。普段あまり意識することはないかもしれませんが、緊張した時に深呼吸するだけで、だいぶ落ち着いたといった経験を持っているのではないでしょうか。毎日呼吸を通じて「今この瞬間」に注目するトレーニングを継続して行うことで、自分自身の「今、この瞬間」での行動や判断に対して、注意を向けやすくなり、気づきや集中力も高まっていき、充実した「今この瞬間」を過ごすことができるようになります。

参考文献
(1) ジョン.カバットジン、マインドフルネスストレス逓減法、春木豊訳、北大路書房、2007
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