デザイン思考とアジャイル         

 企業は、人口減少、少子高齢化、先行き不透明な状況、素早い変化、グローバル化、テクノロジーの進展など、閉塞感の中に置かれている。それを打破するものとして期待を集めるのがイノベーションである。イノベーションを最初に定義した経済学者のシュンペーターによると、イノベーションとは、新製品の導入、生産方法の革新、新市場の開拓、新資源の獲得、新たな組織の実現などの生産手段の新たな結合、つまり既にあるものの新しい組合せから、これまでになかったものを新たに作り出すことで、社会的意義のある新たな価値を創造し、社会的に大きな変革をもたらすものである。例えば、イノベーションによって生まれたアップルのiPodやiTunesは、音楽の聴き方、音楽の売り方、アーティストやレコード会社の収益構造を変えてしまった。

 イノベーションを実現するツールとして注目されているのが、「デザイン思考」である。デザイン思考は、米国デザインコンサルティングファームIDEO社によって提唱され(1)、スタンフォード大学やイリノイ大学などを中心に実践され、国内外で話題を集めている。デザイン思考の特徴は、ユーザーを徹底的に観察し、プロトタイプを作り、実践し、改善を短期間で繰り返すプロセスと、その根底にある「人間中心」という価値観にある。今までのやり方では、技術や市場を起点とするアプローチで、既存の延長線上でしか発想が広がらないため、新しいものが生まれにくい状況で、もはや限界になってきた。デザイン思考では、人間を起点とするアプローチで、現場の状況を直接つかむことで、新しい発想に結び付きやすい。「どこに問題があるのか」「なぜ問題なのか」を明らかにするために、想定されるユーザーを観察し、ユーザーの話を聞き、ユーザーに共感して潜在的な問題を探る点に特徴がある。デザイン思考は、個別具体的なユーザーを徹底的に観察し、ユーザーへの深い理解と共感を行い、ユーザーの気づいていない「本当の目的」「本当の課題」を把握し、ユーザーの気づいていない本当に実現したい真の目的を定義する。そして定義された目的から得られたアイデアを創出して顧客価値を創り、顧客価値を確認するために高速でプロトタイプを作り、テストを行い、ユーザーからフィードバックを得ながら、顧客価値を反復的に改良していくというやり方である。デザイン思考で考慮すべき重要なポイントは、「人間中心」「チームによる共創」「非線形プロセス」である。

・人間中心
 デザイン思考は、人間を中心に考えた問題解決法である。「どこに問題があるのか」「なぜ問題なのか」を明らかにするために、想定される人間を観察し、共感を通じて潜在的な問題を探る点に特徴がある。人間の行動や気持ち、想い、考え方など、無意識レベルまで相手に深く入り込み、共感を獲得しながら潜在ニーズまでも見つけ解決策を見出すことが大切である。
・チームによる共創
 デザイン思考は、個人でなくチームで進めることが前提である。そこには個人の力だけでなく、チームとしての多様性が新たな発見やアイデアを生むという考えがベースになっている。IDEO社には、「いかなる個人よりも全員の方が賢い」という有名な格言があるが、クリエイティブな解決策を考えるうえでチームの力を活用することはとても重要である。異質な者同士が、問題意識や目的を共有し、それぞれが影響し合って知恵を出し合いクリエイティブな解決を導くのである。
・非線形プロセス
 デザイン思考のプロセスは、行ったり来たりできる柔軟性を持つことが求められる。IDEOは基本となるデザイン思考のプロセスは、順序立てた一連のプロセスいうより、重なり合う3つの空間-着想(インスピレーション)、発案(アイディエーション)、実現(インプリメンテーション)-から構成されている。着想はソリューションを探り出すきっかけになる問題や機会を導き出すプロセス、発案はアイデアを創造、構築、検証するプロセス、そして実現はアイデアをプロジェクト・ルームから市場へ導くプロセスである。チームがアイデアを改良したり、新たな方法性を模索したりする間に、プロジェクトがこの三つの空間を何度も行ったり来たりする。

 アジャイルでは、顧客価値を実現するために、顧客の問題を明確にして解決策を要求機能としてプロダクトバックログに入れて、それを反復漸進的に開発していくという進め方は明示されているが、どのようにして顧客の問題を見つけ、その解決策を導き出すかの方法は示されていない。この点をデザイン思考が補完する。デザイン思考チームは、顧客の現場に行き、問題を探索して真のニーズを見つけて解決策を導き出し、それを高速でプロトタイピングし、顧客のフィードバックを得ながら、顧客が真に要求するプロダクトビジョンを作り、高次の要求機能を明確にする。アジャイルチームは、プロダクトの高次の要求機能を順次詳細化しながら反復漸進的に開発し、ニーズに合ったプロダクト(顧客価値)を迅速に提供する。このようにデザイン思考とアジャイルを組み合わせた方法により、真にニーズに合った顧客価値を迅速に提供でき、顧客に感激と喜びをもたらすイノベーションが可能となる。
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参考資料
(1)ティムブラウン、デザイン思考が世界を変える、千葉敏生訳、早川書店、2014 

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