人間中心設計                                         竹腰重徳    

 イノベーションを実現する手法としてデザイン思考が注目されている。スタンフォード大学D.School、イリノイ工科大学、米国デザインコンサルタント企業IDEO、SAPなど数々の大学や企業でデザイン思考の原則が提唱されているが、これらに共通したデザイン思考の主要な原則は、人間中心設計、反復非線形プロセス、協働型チームの三つである(1)。

 人間中心設計とは、製品からの発想でなく、ユーザー観察によりユーザーの本質的なニーズを見つけ出し、使う人間の立場や視点に立った発想でユーザーエクスペリアンス(UX)を向上させる革新的な顧客価値(製品・サービス)を創出することである。UXとは、製品やシステムやサービスを利用したとき、および/またはその利用を予測した時に生じる人々の知覚や反応のことで、利用の前、最中、その後生じるユーザーの感情、信念、嗜好、知覚、生理学的・心理学的な反応、行動や達成などのすべてを含むものである。人間中心設計は、体験を時間軸で捉えて顧客価値を創造することを目的とする。人間中心設計の定義について、ISO9241-210では「対話システムの利用に焦点をあて、人間工学やユーザビリティの知識や技法を使って、そのシステムをより使いやすくすることを目指すシステム設計開発のアプローチ」と定義されている。ただ、人間中心設計の考え方は、対話型システムに限らず、人間が手を加えて作成するもの(製品・サービス)に適用可能であり、人間中心という考え方は、ISOの規格が設定している定義以上に広い概念である(2)。デザイン思考では、人間中心設計をISOの定義以上の広い概念として捉えて、顧客の潜在的なニーズまでも明確にしながら顧客価値を創出している。

 反復非線形プロセスとは、人間中心設計を行うプロセスのことで、観察・共感、問題定義、解決策、プロトタイピングのプロセスで構成されているが、デザインは直線的な流れで行われるのではなく、各プロセスを行ったり来たりして高速にプロセスを繰り返すことにより、潜在的な欲求までも考慮した革新的な顧客価値を迅速に創出することができる。

 協働型チームとは、人間中心設計を行うために、顧客の協力を前提に、異質な者同士が、問題意識や目的を共有し、それぞれが影響し合ってアイデアや知恵を出し合い、新しいコンセプトや顧客価値を創出できるチームのことである。協働型チームは、個人個人の活動よりも権限委譲されたチームを重視した活動により、より創造的な問題解決を可能としている。

 なお、デザイン思考の3つの原則の人間中心設計、反復非線形プロセス、協働型チームは、それぞれアジャイルの12原則の中の顧客価値、反復漸進開発、自己組織的チームや顧客との協調に対応しており、類似のマインドセットである。したがって両者は、ほぼ同じ文化を形成し、容易に統合して実行できる。例えば企業における製品企画から製品開発までのプロセスにおいて、製品企画プロセスにデザイン思考を適用し、製品開発プロセスにアジャイル開発を適用した統合プロセスが構築でき、迅速な革新的な製品開発が容易となる。このようなデザイン思考とアジャイル開発を統合したプロダクトイノベーションプロセスの事例として、GEのFastWorksがある。FastWorksとは、GEの革新的顧客価値を迅速に事業化する経営手法で、その成果が報告されている(3)。
                                                                            以上
参考資料
(1)宮澤正憲、デザイン思考でマーケティングは変わるか、ハーバードビジネスレビュー2014.8
(2)黒須正明、人間中心設計の基礎、近代科学社、2014
(3)ものづくりの未来を変えるGEの破壊力、日経ビジネス2014年12月22日号

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