イノベーションとアジャイル

  日本のGDP(国内総生産)は過去20年間横ばいを続け、国内市場の飽和感や円高デフレへの懸念など依然として経営の先行きは不透明な状況が続き、閉塞感の中に置かれています。それを打破するものとして期待を集めるのがイノベーションです。

 「イノベーション」という言葉は、イノベーション研究の始祖といわれるシュンペーターが1911年に用いて以来、経済学・経営学分野をはじめ社会科学的な用語として多用されてきました。彼は、「イノベーションを、新製品を開発し、新しい生産方法を導入したり、新しいマーケットを開拓したり、新しい供給源を獲得したり、新しい組織を編成したりすることが経済発展の源泉である」と発表しました。したがってイノベーションは科学技術分野における発明や発見だけを意味するのではなく、ビジネスや社会における新たな価値の創造を含んだ、より広範な概念、つまりビジネスモデルイノベーションとして捉えられます。ビジネスモデルとは、競争に打ち勝ち事業を継続的に続けるために、どのように顧客価値を創造し、顧客に届けるかを論理的に述べたもので、ビジネスモデルイノベーションとは、企業が顧客価値を創造する仕組み作りをし、競争優位に経営革新するということになります。

 顧客価値を創造するイノベーションを生み出す方法論としては、アメリカの起業家エリック・リースが、自分の起業経験をもとに2008年に提唱した「リーンスタートアップ」(1)という起業に適した新しいマネジメント手法が注目を浴びています。過去の事業の立ち上げには、最初に優れた計画やしっかりした戦略、市場調査を活用すれば、成功の可能性をある程度測ることができましたが、不確実性が大幅に増した現在では、「どのような人が顧客になるのか」や「どういう製品を作ればいいのか」さえもまだわからないので、事前の詳細な計画、戦略、調査は使えないと考えました。そこで投資家スティーブ・ブランクが新規事業を成功させるために提唱した顧客開発と呼ぶ方法(2)をベースに事業立ち上げをし、成功に導きました。

 顧客開発では、顧客発見、顧客実証、顧客開拓、組織構築という4つのステップから構成されています。まず顧客発見では、顧客の課題とニーズを理解し実用最低限の製品を作り顧客に提示します。そして顧客実証では、顧客発見を繰り返すことにより、提示した実用最低限の製品を肯定する顧客を見つけ出したことを実証します。顧客発見と顧客実証を繰り返すことにより、ビジネスモデルの確実性が高まります。この2つのステップを完了することで、自社の市場を確認し、顧客を発見し、自社製品の価値がどの程度評価されているかを実証したことになります。さらに、ビジネスをよりスケールアップするために、顧客開拓では、さらなるエンドユーザーの需要を創出すべく顧客の開拓を行います。そして組織編成では、学習と発見を中心とした顧客開発部隊から正式な組織編成をしていきます。

 リーンとは日本語で「ムダがなく効率的」という意味で、「かんばん方式」で知られるトヨタ生産方式を他分野に応用できるよう再体系化し一般化した「リーン生産方式」に由来します。エリック・リースは、事業家の思い込みで顧客にとって無価値な製品やサービスを開発してしまうことに伴う、時間、労力、資源、情熱のムダをなくすため、リーン生産方式の考え方を学び、顧客開発プロセスに適用し、最低限のコストと短いサイクルで仮説の構築-計測-学習を繰り返しながら、市場やユーザーのニーズと顧客を探り当てる方法を編み出しました。この顧客開発の目的は、「起業家が考える新たな価値を認めてくれるかどうか」ということと「その価値を実現することによって事業を成長させることができるかどうか」ということの2つです。この2つを検証することができれば、あとは資金を投入して一気にビジネスをスクールアップさせることができると考えました。

 顧客の課題とニーズを理解し、それの解決策として仮説を実用最低限の製品として迅速に開発し、顧客に提示し、フィードバックを得ながら検証を繰り返す方法は、まさにアジャイル開発でないと到底できません。エリック・リースはリーンスタートアップ実践の中で当然のごとくアジャイルを使っていました。アジャイルの成功の指標は、計画通りにモノを作るのが目的ではありません。顧客に必要なものつまり顧客価値の実現なのです。アジャイルは、企業が顧客価値を創造する仕組み作りして競争優位を実現するビジネスモデルイノベーション実現の必須のツールなのです。
                                                                     以上
参考資料
(1)エリック・リース、リーンスタートアップ、日経BP、2012
(2)スティーブン・G・ブランク、アントプレナーの教科書、翔泳社、2012


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