セルフ・コンパッションに注目                   竹腰重徳

   私たちは、生きていくうえでさまざまな困難に遭遇します。しかしながら困難な状況にあっても、人によりその状況における反応は異なります。困難な状況において、抑うつや不安など精神的不調を訴え、心理療法や医療が必要となる人もいれば、精神的健康を維持する人やその困難から成長する人もいます。最近セルフ・コンパッション(Self-compassion)が、困難な状況における苦痛の緩和やその状況からの成長を促す要因として注目されています。セルフ・コンパッションは「自己への思いやり」と訳されていますが、苦悩や失敗を経験したとき、自己に向けられる思いやりあるいは自己への慈しみです。セルフ・コンパッション研究の第一人者クリスティン・ネフ博士は、自己への思いやりには、以下のような3つの構成要素があると説いています(1)。

1.自分に優しくする(Self-kindness)
  苦痛や困難に直面した際に、自分に対して厳しく批判的な態度を取らず、自分のことを理解し、励まし、同情し、温かく優しくします。私たちは失敗した時に何故自分を責めるのでしょうか?一番の理由は、「自分をやる気にするために、自分を批判すべきだ。もし自分に優しくしすぎたら、自分に甘くなり、怠けてしまう」と考えているからです。しかし、事実は逆なのです。自分を批判することは、モチベーションを下げてしまいます。自分で自分を批判すると、体の防衛システムが反応し、戦うか、逃げるかのために、アドレナリンやコンチゾール(ストレスホルモン)が分泌されます。批判が続くと、コンチゾールが分泌し続け、最終的には体が耐えきれなくなって、うつになるのです。一方、私たちの体は温かく接してもらったり、やさしく触ってもらったり、やさしく話かけてもらったりすることに反応するようにできています。実際、自分に対して自分でやさしくすると、コンチゾールのレベルは下がり、オキシトシンなど気分のよくなるホルモンが出、情緒的に落ち着きが得られます。私たちは安全で快適な気分のとき、よりベストを尽くそうとするのです。
2.共通の人間性の確認(Common humanity)
  共通の人間性の確認とは、失敗や困難といった経験は自分だけが抱えている問題と捉えず、その苦悩を人間である以上誰しもが体験するものであると巨視的な視点からとらえることです。人間は不完全で、間違いや失敗を犯し、弱みも抱えているからこそ、繋がりあっています。自己の抱える苦悩を自分という視点のみからとらえると、自分のみが不完全で至らない存在だと孤立感を感じてしまいます。しかし、自己視点から一歩引き、人間としての共通体験という巨視的な視点からその苦悩を捉えることで、同じような苦痛を感じている他者の存在や誰しも何らかの弱みがあることに気づきます。このように人としての共通体験を意識することで、苦しみを感じるのはこの世の中で自分だけが苦しみを感じているというわけでないことに気づき、苦しみが軽減されるのです。
3.マインドフルネス(Mindfulness)
  マインドフルネスとは、現在起こっていることに対する正確な理解と中立的な受容を意味します。別の言葉で言えば、それが良い悪いに関係なく「現実を認めること」と表現することもできます。現在起こっている苦悩や困難に伴う思考や感情に浸ったり、その苦しみを回避・否認したりして否定的な感情に支配されることなく、現在の状況に対してそのまま向き合い、物事をありのままに捉えることで、苦しみが緩和し、冷静に対応できるようになります。

  セルフ・コンパッションの高い人は、苦悩や困難な出来事に対して自分に優しく接し、否定的感情も肯定的感情もバランスよく受け入れることができるため、精神的健康を維持しやすく、幸福感が高くなること、レジリエンスが高まること、やる気と個人の成長をもたらすこと、など様々な研究結果が示されています(1)。

  セルフ・コンパッションは訓練により高めることができます(2)。その方法の一つが、マインドフルネスの実践と自分や他者の幸せを願う慈悲の瞑想です。マインドフルネスの実践を継続することにより、現在起こっている困難に冷静に向き合え対応することができるようになります。慈悲の瞑想を実践することで、自分の感情をありのままに受け入れ、自分と他者の両方の幸せを考える余裕ができるようになります。私たちはお互い繋がり助け合っているのだと気持ちが強化され、自己に優しくすること、他の人たちに優しくすることが習慣化され、セルフ・コンパッションが高まるのです。

参考資料
(1)クリスティン・ネフ、セルフ・コンパッション、石村・樫村訳、金剛出版、2014
(2)ティム・デスモンド、セルフ・コンパッションのやさしい実践ワークブック、中島美鈴訳、星和書店、2018


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