慈しみを育む                                 竹腰重徳 

  「慈しみ」とは心のやさしさのことです。ブッダの教えを伝える経典で用いられるパーリ語の「metta(メッタ)」といい、「友」や「友情」という意味をあらわします。たとえば親しい友人に対しては自然に「幸せでいてほしい」とか「悩みや苦しみがなくなってほしい」といった気持ちが生まれてきます。そのやさしさを、特定の友だちや好きな人、愛する人だけでなく、すべての生命にたいして差別なく、無制限に広げていくのです。そうすることにより、心が穏やかになるのです。これがブッダの教える広大な「慈しみ」です(1)。

 何故「慈しみ」が大切でしょうか。私たちは、他から切り離されて単独に存在しているのではなく、他の生命と互いにつながりあい、支え合い助け合って生きています。私たちが生きるために必要な栄養にしても、他の生命を経由して体内に取り入れていますし、私たちの体内にも無数の微生物が住んでいて、有用な活動しています。一つの生命の中に、多くの生命体が入り込み、お互いが助け合って共存しています。もし、自分だけでよければいいと考えて、自分の利益しか考えずに生きているなら、他との間に壁が生じ、争いや対立が起こります。そこでブッダは、利己的な「私(エゴ)」という硬い殻を壊し、幸せに生きるための心の育て方の教えを作られました。その教えが慈悲の教え「慈経(じきょう)」で、その実践が「慈悲の瞑想」です。瞑想とは、「私が幸せでありますように」とか「すべての生命か幸せでありますように」といった自分と他者の幸せを願う言葉を念じたり唱えたりしながら、慈しみのエネルギーを自分に、そして外へと向けていきます。念じるといっても単なる願い事ではありません。慈悲の瞑想をすることで脳までも、実際に改善されるのです。慈悲の瞑想は、全く宗教性はなく、誰でも実践でき、効果が脳科学で実証されています。

 スタンフォード大学やウィスコンシン大学など様々な機関の科学者たちが、慈悲の瞑想の効果についての科学的に実証しています(1)。ある研究では、慈悲の瞑想をすると、やさしさや喜び、充実感、感謝、希望、興味などのポジティブ感情が高まり、これによって注意力や集中力、社会性など、さまざまな能力を向上し、その結果、心が満たされ、うつ病になるリスクが低下するのが示されています。また、共感や「心の知性(EQ)」をつかさどる脳の領域が繰り返し活性化され、灰白質の量が増加し、幸福感が高まることが示されています。さらにわずか10分間、慈悲の瞑想をするだけでも、心はリラックスし、健康が増進したという研究結果もあります。また、自己批判が減り、自分への思いやり(セルフコンパッション)が高まることも、別の研究で示されています。

 慈悲の瞑想の幸せを念ずる対象の順番は、最初は自分の幸せを心に念じることから始め、次に家族、友人など親しい人々(生命)の幸せを念じ、そして生きとし生けるもの(すべての生命)の幸せを念じます。さらに、対象を私の嫌いな生命や私を嫌っている生命にも対象を拡げ、そして最後に生きとし生けるもの幸せを心に念じます(2)。心に繰り返して念ずることにより、心の習慣となり行動に現れるようになり、心によい影響が現れてきます。
  私は幸せでありますように
  私の悩み苦しみがなくなりますように
  私の願いごとが叶えられますように
  私に悟りの光が現れますように
  私は幸せでありますように(3回)

 慈しみと気づきは密接に関連しており、マインドフルネス瞑想をする前に慈悲の瞑想を実践すると、慈しみと気づきがお互いに育て合い、より効果を上げることができます(1)。


参考資料
(1) バンテ・ヘーネポラ・グナラタナ、慈悲の瞑想、出村佳子訳、春秋社、2018
(2) 日本テーラワーダ仏教協会の慈悲の瞑想、https://j-theravada.net/world/metta/
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