共感力を高める心の訓練                           竹腰重徳

  共感とは、他者の感情や経験を、あたかも自分自身のこととして感情や思考を理解し、それと同調したり共有したりすることで、他者との関係を築く上で大変重要な能力です。スタンフォード大学のジャミール・ザキ准教授は、共感を情動的共感、認知的共感、共感的配慮の3つに分けています(1)。情動的共感は、体験共有と呼ばれ、他人の見た感情を自分の体験として受け止めています。相手の表情、身体の感じているストレス、気分などネガティブなものも、喜びなどポジティブなものも受け取ります。脳は、他人の苦痛や快楽に対し、自分自身がそれを体験しているものとして反応します。例えば、親友が側にいて泣き出したら、あなたも悲しさを感じ始めるでしょう。認知的共感は、相手の視点から相手を理解する視点取得の能力です。他者の立場になって思考し、他者の状況を把握する力といえます。例えば、ある人が落ち込んでいる様子を見て、「何かミスして叱られたかな」「それとも何かプライベートで悩みごとがあるのかな」と、その人の立場になって内面を把握しようとすることが挙げられます。相手の立場や相手の苦しみを共有しながら、同時に相手の心の内側を相手の視点で思い浮かべています。どんなふうに動揺しているのか、それについて何を考えているのか、これからどうするのかなどの問いに答えを出すために、相手の行動や状況に関する証拠を集めて、どう感じているか推測します。共感的配慮とは、情動的共感や認知的共感にさらに踏み込んで、相手の苦しみを感知して理解するだけでなく、相手を助けたいという強い動機と行動が伴います。例えば、本当の親友同士なら、相手が涙ぐんでいるのを眺め、暗い気持ちになって、ただ相手のことに考えをめぐらせるだけではなく、親友の気持ちの回復を願い、助ける方法を考えるでしょう。

 ビジネス分野では、他者の感情や行動を観察し、情動的共感と認知的共感を使って他者を理解できるようになれば、よい関係を構築する、チームワークを促進する、創造性を発揮する、バランスの取れたライフワークができる、生産性が向上するなどの効果を生み出しますことが可能となります。したがって、いかに個々の共感能力を向上していくかが重要となります。幸い、共感は、生まれつき固定された能力ではなく、日々の訓練で強化できることがわかっています。その訓練の有効性が実証されているのが、マインドフルネス瞑想と慈悲の瞑想の実践です。

 グーグル社では、社員の「感情の知性(EQ)」を向上させるための訓練として、マインドフルネス瞑想と慈悲の瞑想を取り入れたサーチ・インサイド・ユアセルフ(SIY)というプログラムを開発し、実績をあげています (2)。マインドフルネス瞑想は、現在自分の内外に起こっている経験に注意を向ける訓練ですが、感情や思考に気づく能力である自己認識力を強化し、共感能力強化にも役立つことが脳科学的に実証されています。慈悲の瞑想は、何であれ、たびたび考え、思いを巡らせるものが、その人の心の傾向となり、心の習慣を生み出していくというブッダの教えがベースになっています。この訓練のやり方自体は簡単です。ある考えが心に頻繁に浮かぶように促すと、それが心の習慣となります。例えば、人に会うたびに、その人の幸せを願っていれば、いずれそれがあなたの心の習慣となり、その人に会ったときにはいつも、そのひとが、幸せになりますようにという考えが本能的に頭に浮かぶようになります。しばらくすると、優しさのための本能が育ち、あなたは優しい人になります。

 SIYでは、共感を深めるために、他人も私と全く同じ人間であると認識し、優しさをもって誰にでも本能的に反応するように慈悲の瞑想を使って心の訓練をしていますが、「私とまったく同じ/愛情に満ちた優しさ」の練習と呼んでいます。この練習では、ふたつありますが、ひとつにして同時に実践します。「私とまったく同じ」の練習では、他の人々がどれほど自分と似ているかを思い起こしてそれによって同じ人間という心の習慣を生み出します。具体的には、リラックスして座り、心が落ち着いたら、「この人は私とまったく同じで、体と心を持っている」「この人は私とまったく同じで、感情や考えを持っている」「この人は私とまったく同じで、幸せになりたいと思っている」等のセリフを心の中で唱えます。引き続き「愛情に満ちた優しさ」では、他者の幸せの願い、それによって優しさという心の習慣を生み出します。「この人が不安や苦しみから解放されますように」「この人が幸せになりますように」「この人は私とまったく同じで、人類の一員だから」等のセリフを心の中で願います。この練習を行った後の受講者の感想の多くは、「優しさを発する側になるのは、心が穏やかになる幸せな体験であり、優しさを受け取る側と同じくらいすばらしい」ということでした。

参考資料
(1) ジャミール・ザキ、スタンフォード大学の共感の授業、上原裕美子訳、ダイアモンド社2021
(2) チャディ・メン・タン、サーチ・インサイド・ユアセルフ、柴田裕之訳、2016年


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