失敗を成功に導くセルフ・コンパッション                     竹腰重徳

  私たちは、失敗や挫折をした時に、「自分なんてダメだ」「認められるはずがない」「これでおしまいだ」など、自分にできなかったところに目を向け厳しい言葉で、自己批判して自分を責めることがあります。このような自己批判が起こると、ストレスがかかった状況となり、ストレス防御システムが作動します。私たちのストレス防御システムは、脅威を察知したときに生命維持ための脳の部位である扁桃体を活性化させて、コンチゾール(ストレスホルモン)やアドレナリンを放出させ、戦うか、逃げるか、凍りつくかの反応をしようと準備をします。ストレス防御システムは、身体に及ぶ脅威から自身を守るために有効ですが、現代では人間の直面する脅威の大部分は、自己イメージや自己概念から生じる脅威で、実際に戦うか、逃げるか、凍りつくかの反応をする場面は多くありません。しかし、自己概念であれ脅威を察知すると、心と身体にストレスがかかり、ストレス防御システムが作動します。自分を過度に責めると脅威に感じ、ストレス防御システムがたびたび稼働してコンチゾールやアドレナリンが過剰に分泌され、やる気を削ぎ、先延ばししたり、脳を思考停止に追い込んだり、目標達成のための行動を妨げるようになります。さらに、うつ病、高血圧など心身の健康に多大な悪影響を及ぼすことになります。

  なぜ、失敗や挫折を経験すると、自分を責めることが多いのでしょうか。それは、私たち多くが、子供の時から自分に厳しくし、競争心を持ち、一所懸命頑張ることが成功の鍵と教わって育ったからです。失敗したときに自分に対して責めることは、自分を鼓舞するはずであると思っていますが、過度に自分を責めると脳に悪影響を及ぼし、かえって困難に立ち向かうエネルギーを内からそいでしまい、目標達成のための行動を妨げるようになり逆効果なのです。カルフォルニア大学の研究者が行った研究では、学生に難易度の高い語彙テストを受けてもらい、全員が低い点をとり後悔を感じさせた後、3つのグループに分けて失敗した自分に優しく思いやりをもって対応できる能力であるセルフ・コンパッションの影響を調査しました(1)。3つのグループは、セルフ・コンパッションを指導したグループ1、「この大学に入学できるなんて、頭がいいのです」といったように自尊心を高めるように指導したグループ2、何も指導しなかったグループ3です。セルフ・コンパッションのグループ1は、他の2つのグループに比べて自分たちの欠点をより明確に理解し、次のテストの勉強により多くの時間を割き、結果として高い得点につながりました。失敗をしたとき、自分に対して優しく接することが、全力を尽くし、失望した後も努力を続けようとする際に必要な感情面のサポートになることが示されています。セルフ・コンパッションが成功への動機づけとなり、失敗の原因を明確にして対応し、成功に導くことにつながります。

  ではセルフ・コンパッションとは、何でしょうか?コンパッション(Compassion)は、「思いやり」や「慈悲」などと訳されていますが、禅僧であり医学人類学博士でもあるジョアン・ハリファックスは「人が生まれつき持つ、自分や相手を深く理解し、役に立ちたいという純粋な思い。自分自身と相手と共にいる力」と説明しています。セルフ・コンパッションは、コンパッションを自分自身に向けることですが、セルフ・コンパッションの第一人者で心理学博士であるクリスティン・ネフは、自分自身がストレスや失敗や困難に遭遇したとき、生じた悩み苦しみを自ら理解し、ありのままに受入れ(マインドフルネス)、失敗や困難は人間であれば誰でも経験するものと認識し(共通の人間性)、失敗は成功のもとだよねというように自分自身に対して優しい感情を高めてポジティブに対応しようとする思い(自分への優しさ)と説いています。

  セルフ・コンパッションが、「自己への思いやり」と訳されているので、自分に優しい気持ちを向けるという意味を持つため、自分を甘やかすことにつながり、怠惰になるのではないかと誤解する人たちがいます。しかし、実際は、セルフ・コンパッションは、自分を甘やかして怠惰になるのではなく、自分の非を認め、自分の弱さや発生した問題を隠そうとせずありのまま受入れ、困難な現実と向き合う勇気を与え、成功への動機づけの手助けをします。セルフ・コンパッションの高い人は自信があるだけでなく、失敗を恐れることが少ないことが示されています。そのため失敗してもまた挑戦し、学習し続ける努力を維持しやすいことが明らかになっています。セルフ・コンパッションは、マインドフルネス瞑想や慈悲の瞑想や自分への思いやりの手紙を書くなどの訓練により、高めることができます(2)。

参考資料
(1)Self-Compassion Increases Self-Improvement Motivation – Juliana G. Breines, Serena Chen, 2012
(2)クリスティン・ネフ、クリストファー・ガーマー、マインドフル・セルフ・コンパッションプラクティスガイド、富田卓郎監訳、星和書店、2022
                       HOMEへ